アメリカン・ルーツ・ミュージック再訪

カテゴリ: オールドタイム

 『SONG CATCHER』について、もう少しだけ。関わったミュージシャン、スタッフについても見ておきたい。

 まず音楽プロデューサーはデビッド・マンスフィールド。この人は、監督/脚本のマギー・グリーンウォルドの旦那様でもあるらしいのだが、いちばんの注目ポイントは、ディランのローリング・サンダー・レビューのツアー・メンバーだったことだろう。
ローリング・サンダー・レヴュー (通常盤)
ボブ・ディラン
ソニーレコード
2002-12-11

 正直、ノーマークというか、まったく印象に残っていなかったので、アルバムのクレジットをチェックしてみたら、担当楽器はスティール・ギター、マンドリン、バイオリン、ドブロとなっている。なるほど、最初からそういう立ち位置の人だったわけね。となると、この映画の脚本に関してもなんらかの形で影響を与えていた可能性がありそうだ(余談ながら、このときのツアーにはTボーン・バーネットもギターで参加している)。
Rolling Thunder..-Box Set
Dylan, Bob
Columbia
2019-06-07





 この75年のツアーに関しては、CD14枚組のボックス・セットというとんでもないシロモノが、つい最近発売されたばかりだ。お好きな方にはたまらないだろう。ちなみに、私はまだ手に入れてない^^; CD2枚組の旧バージョンで充分なような気もするし。安いっちゃぁ安いんだけどね。う~ん……。

 映画に出演しているミュージシャンで、いちばんよく知られているのはタジ・マハールだろう。中盤に登場してクロウハンマー・バンジョーのプレイを披露してくれる。正直、本編とはほとんど関わりがなく、昼間の地上波TVの映画枠だったら、真っ先にカットされそうなシーンではある。無理やりタジ・マハールが出演する場面を挿入させた印象もなくはない。こちらとしては貴重な映像が見られてありがたいのだけれど。
ザ・リアル・シング(期間生産限定盤)
タジ・マハール
SMJ
2018-09-12

 タジ・マハールは、マルチ・プレイヤーで、ブルースにとどまらず、さまざまなスタイルの音楽を積極的に取り入れている。白人系の伝統音楽にも通じているので、そういう縁もあって出演することになったのだろう。そういえば、若い頃はライ・クーダーとライジング・サンズというバンドを結成していたりもしたっけ。こちら↓は後年の共演の様子。

 バーン・ダンスのシーンで、いきなりヘイゼル・ディケンズが登場してくるのには驚いた。乱闘騒ぎのあとで、ペシミスティックな「Oh Death(Conversations With Death)」が歌われるシーンだ。最初に歌いだすのは、シュワちゃんに「ありゃウソだ」と崖から逆落としにされるかわいそうな役で有名な(?)デビッド・パトリック・ケリー。悪役専門の役者さんかと思っていたら、歌も歌えるのね。
コマンドー <日本語吹替完全版> [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
アリッサ・ミラノ
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2019-10-23


ツイン・ピークス DVD ザ・テレビジョン・コレクション
リチャード・ベイマー
パラマウント
2020-02-27

 これを引き継いで歌うのが、ほんまもんのオールドタイマーであるボビー・マクミロンとヘイゼル・ディケンズだ。



 ヘイゼル・ディケンズはヘイゼル&アリスとしての活躍などで、日本のフォーク・ファンやブルーグラス・ファンにもよく知られた存在ではあったが、映画では名もなき老婆という扱いで、とくにフィーチャーされているわけではない。よく事情をご存知ない方に「音痴なばあさんだな~」と誤解されはしなかったかと、よけいな心配をしてしまう……。

 一方、役者としてもそこそこの活躍をしているのが、ローズ・ジェントリー役のアイリス・ディメントだ。カントリー系のシンガー・ソングライターと言っていい人なのだろうが、フィドルのみをバックに歌う「Pretty Saro」は、この映画の音楽的なハイライトの1つと言える。

 この演奏は、バックのメンバーがなかなかすごい。フィドル・フィーバー(ジェイ・アンガー、ラス・バレンバーグ、モリー・メイソン)+ドーナル・ラニー(ブズーキ)という、もろ私好みのメンツだ。
Infamous Angel
Dement, Iris
Warner Bros / Wea
1993-05-25

 バーン・ダンスのシーンでは、「Sally Goodin」「Old Joe Clark」「Lether Britches」というフィドル・チューン3連発もあって、当然のようにクロッグ・ダンスも出てくるのだが、このときのバンドのメンバーは、バンジョーがシーラ・ケイ・アダムス、アパラチアン・ダルシマーがドン・ピディ(とお読みするのでしょうか?)、ギターはトム・ブラッドソー役の俳優エイダン・クイン。フィドルの若いお兄さんは、残念ながら名前がわからなかった。

 俳優陣で歌を披露するのは、前述のエイダン・クイン、デビッド・パトリック・ケリーのほか、ベテラン女優のパット・キャロル、エミー・ロッサム、主役のジャネット・マクティアなど。エミー・ロッサムは、失われたかと思われていた伝統的な唱法を継承していた少女という大事な役どころだが、この映画がデビュー作。まだ永久歯も生えそろっていないようなあどけない容姿ながら、歌も演技もなかなかだ。のちに『オペラ座の怪人』のヒロインを務めることになるくらいの逸材だものね。とはいえ、正直、ネイティブな山の民とは思えないこぶし回しだと思って調べてみたら、やはりニューヨーク出身だった……。
オペラ座の怪人 通常版 [DVD]
パトリック・ウィルソン
メディアファクトリー
2005-08-26

 ところでこの映画、なぜかちゃんとしたサウンドトラック盤は出ていない。そう銘打ったCDはあるのだけれど、映画で使われていた歌は「Pretty Saro」(アイリス・ディメント)、「Barbara Allen」(エミー・ロッサム版とエミルー・ハリス版)、「Conversations With Death」(ヘイゼル・ディケンズほか)、「Single Girl」(パット・キャロル)の5曲だけ。あとは映画とは直接関係ないロザンヌ・キャッシュやドリー・パートンやギリアン・ウェルチなどの歌が入っている。カントリー・ファンへの配慮ですかね???

 アメリカに伝わった最も初期の音楽の1つに、英国起源のオールド・バラッド(物語歌)がある。イングランドやスコットランドのバラッドは移民と共に海を渡り、早くも17世紀には歌われるようになっていたようだ。

 20世紀初頭のアメリカを舞台にした映画『SONG CATCHER』(2000年)は、すでに失われたかと思われていたオールド・イングリッシュ・バラッドが、アパラチアの奥地で息づいていることを発見し、それを収集して記録に残そうと試みる女性学者の物語だ。
songcatcher
Songcatcher -歌追い人- [DVD]
パット・キャロル
松竹ホームビデオ
2004-09-25

 この映画のテーマ曲となっているのが、チャイルド・バラッド84番に当たる「Barbara Allen」で、このスコットランド起源の悲恋の歌は、形を変えて都合4回登場する。

 最初は主人公のピアノの弾き語りで歌われるお行儀のよいパーラー・ソング風。次にアパラチアに残る伝統のスタイルで歌われる無伴奏の歌。それからBGMとしてアレンジされたインスト曲。そしてエンディングでは現代風にアレンジされたエミルー・ハリスのバージョンが使われる。


 アパラチアの伝統音楽に注目したこの映画には、「Barbara Allen」以外にもたくさんのバラッドや、フィドル・チューンが登場する。

 ここでは「Matty Groves」というバラッドに注目したい。チャイルド・バラッド81番に当たるこの歌は、「Little Musgrave」というタイトルでも知られる。貴族の奥方が夫の留守中に若い男と浮気をし、それが見つかって、夫に浮気相手と共に殺される--という内容のマーダー・バラッドである。

 映画の中で歌われるのは、フェアポート・コンベンションでおなじみのこのメロディ・ラインだ。


Liege & Lief
Fairport Convention
Island UK
2002-06-18

  イングランドのバラッドがアメリカに渡ってそのまま残った例ということで、採用されたのだろうが、実はこの曲、なかなか一筋縄ではいかない。

 まず、イングランドでもアメリカでも「Matty Groves」がこの旋律で歌われることはあまりない。




  まずはイングランドのフォーク・シンガー、ニック・ジョーンズのバージョン。タイトルは「Little Musgrave」となっているし、歌詞も異なるが、ストーリー自体はほぼ同じ。

 アメリカの例はジーン・リッチーを挙げておこう。こちらもタイトルは「Little Musgrave」となっている。


Ballads From Her Appalachian Family Tradition
Ritchie, Jean
Smithsonian Folkways
2003-04-22

 それではフェアポート版のメロディはどうなったかというと、ご存知の方も多いだろうが、アパラチアの有名なトラッド・ソング「Shady Grove」が、このメロディで歌われることが多い。下にドック・ワトソンのバージョンを貼りつけておこう。


Doc Watson Family
Doc Watson
Smithsonian Folkways
1995-05-14

 「Matty Groves」と「Shady Grove」。タイトルも似ているし、「Matty Groves」がイングランドからアメリカへ渡って「Shady Grove」に変わったと考えれば、すとんと腑に落ちそうだ。実際、そう紹介してある例も散見する。ところが、これには異論も多い。

 多くの伝統歌で、歌詞のバリエーションがいろいろ存在したり、別のメロディが付けられたりという例はよくある。これが話をさらに複雑にしているのだが、それにしても「Matty Groves」と「Shady Grove」では、歌詞にまったく共通することろがない。そもそもマティ・グローブズは男の名前。シェイディ・グローブは女性の名前で、まだ結婚もしていないし、とりあえず浮気はしていないようだし、殺人事件も起きない。長い歌詞には多少つじつまが合わないところもあるが、求婚の歌とも考えられる。ほんとうに両者の間につながりはあるのだろうか?

 さっさと結論を書いてしまうと、ここまで私が調べた限りでは、フェアポート・コンベンションが「Matty Groves」をレコーディングするに当たり、アメリカでよく歌われている「Shady Grove」のメロディを拝借してきて新たにアレンジしたという説が、いまのところいちばん有力なようだ。伝統音楽の世界ではこうした例も珍しくない。アルビオン・バンドも同じようなことをやっていたくらいだから。

 とはいうものの、正確な真実として確定させるためには、フェアポートのメンバーに直接聴いてみる必要がありそうな気もする。ゆえにここでは「諸説ある」という結論にとどめておきたい。ややこしい話だったわりに、ヘタレな結末で恐縮です。

 さて、映画『SONG CATCHER』には、このほかにもまだ気になることがある。それについては、また稿を改めてご紹介したい。

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