カーター・ファミリーのコミック・ブックについて書いているうちに、日本のとあるマンガのことが頭から離れなくなった。
RJcomic
俺と悪魔のブルーズ 迷い児の十字路(1) (ヤングマガジンコミックス)

 『俺と悪魔のブルーズ』(平本アキラ 講談社)。

 主人公はロバート・ジョンソンをモデルにしたRJという名のブルースマン。カーター・ファミリーの伝記コミックと違って、こちらは史実を踏まえたフィクションである。それでもロバート・ジョンソンに関わる有名なエピソードは、ひととおり押さえてあるようだ。

 まず冒頭のモノローグがすばらしい。ブルースの成立について語った文章の中ではベストの1つと言えるのではないか。ラングストン・ヒューズや、リロイ・ジョーンズや、ポール・オリバーにも負けないくらいだ。

 少し長くなるけれど、全文引用させていただく。

「アダムとイブが楽園を追放された時オレは生まれた/連れ去られたアダムとイブの子孫らと共に/オレはこの新大陸に移り住んだ/その地で子孫たちに降りかかる苦難がオレを育てた/オレは彼らを慰めたり時には堕落させたりもした/ある晩駅で出会った男がオレに名前を与えた/その夜以降オレの名は一気に広まり/たくさんの友人が出来た/ある夜道でオレはひとりの男と会った/オレとヤツはすぐに親しくなった/オレの名はブルーズ 今夜もアイツを迎えに行く とびっきりの親友だ」

 あらためて説明するまでもないと思うが、ブルースに名前を与えた男はW・C・ハンディ。最後に出てくる「とびっきりの親友」とは、ロバート・ジョンソンである。

 天下の講談社が認めているくらいだから、ロバート・ジョンソンについてくだくだと書く必要はなさそうだ。そのうち人物列伝のような形で取り上げることもあるかもしれないけれど、ここではかつてそういう名前のブルースマンがいた--とだけ記しておく。

 1929年、ミッシッピー州ロビンソンビルに暮らすRJは、農園の作業もさぼりがち。サン・ハウスのような一流のブルースマンになりたいと夢見てはいるものの、ギターの腕はからっきしという冴えない男だった。そんなRJがある日ふらりと現われ、信じられないようなギターのテクニックを披露して人々を驚嘆させる。はたしてRJは、言い伝えにあるように十字路で悪魔と出会い、魂を売り渡したのか? ここで奇妙な時空のねじれが生じ、物語は思いがけない展開を見せ始める。

 過去と未来が交錯するこのあたりの流れは、正直、何度読み返してもよくわからないのだけれど、不思議なカタルシスがある。十字路での悪魔とのやり取りは、直接的には描かれず、ほのめかしのようなシーンが挿入されるだけだ。ブルースを知ろうとした男は、ブルースを手に入れたと思った矢先に過酷な運命に翻弄されることになった。悪魔とはブルースそのものではなかったのか?とさえ思えてしまう。



 十字路のエピソードは1巻の5分の4くらいまでで、それ以降はボニー&クライドで知られるクライド・バローとの珍道中となる。こちらのストーリーは5巻めで中断していて、現在のところ未完だが、2巻以降はロバート・ジョンソンの実像からどんどん離れて行った観があり(これはこれで面白いけれど)、1巻だけ読めば充分なような気もする。

 最後に思いっきり蛇足な楽器の話。重要なキャラクターとして登場するサン・ハウスのギターが、どうにも気になってならない。ナショナル・スタイルOらしき楽器が描かれているのだが、トップに木目のようなものが見えて、メタル・ボディらしくない。ボディ・シェープも14フレットジョイントっぽい印象だ。サンハウスのスタイルOだったら、やはり12フレット・ジョイントでなくてはね。

 さらに細かいことを言うと、1929年の時点でスタイルOは発売されていなかったような。12フレット・ジョイントのモデルは1930年には出ているはずだから、物語の時間経過を考えると、ギリギリ間に合うか(14フレット・ジョイントなら1934年以降)。まあ、このあたりは時空のゆがみの影響も考慮しなければいけないかもしれない……。

 いちばんまいったのは、サン・ハウスの「オレのドブロが……」というセリフだった。ドブロとナショナルは全然違う楽器だってば! このあたりの話も、そのうちあらためてじっくり書ければと思っている。