テレテレと続けていたアメリカ産バラッドの雑文も、「John Henry」でひとまず打ち止め……のつもりでいたのだが、話の流れで「Take This Hammer」にも言及しておいたほうがいいような気がしてきた。

 「Take This Hammer」は、トピカルなブロードサイド・バラッドというよりは、ワークソングに分類されるような歌だ。この歌と「John Henry」とを結ぶ重要なキーワードは、ズバリ「ハンマー」である(「Nine Pound Hammer」もそうだ)。1915年に公表された「Take This Hammer」の古い歌詞には、以下のような一節があったという。

This old hammer killed John Henry
But it can't kill me
Take this hammer, take it to the Captain
Tell him I'm gone, babe, tell him I'm gone

この古いハンマーはジョン・ヘンリーを殺したけれど
おいらは殺されやしない
このハンマーを親方に手渡して
おいらが行っちまったって伝えてくんな 坊や おいらが行っちまったって

 このくだりが「John Henry」のバラッドを下敷きにしていることは明らかだろう。

 この歌の主人公も、ジョン・ヘンリーと同じようにハンマーをふるうことを生業とする肉体労働者だ。すでに奴隷制が廃止されていたとはいえ、南部の黒人労働者の境遇はそれほど変わっていなかった。現代の人材派遣会社のようなシステムによって、貧しい黒人たちは鉱山での採掘、鉄道の敷設、テレピン油の採集などの作業に巡回労働者として貸し出されたという。レイルロード・ビルがテレピン油の仕事で各地を転々とした背景にも、こうした事情があったと思われる。

 ここでよく知られているレッドベリーのバージョンを聴いてみよう。

Where Did You Sleep Last Night: Lead Belly Legacy, Vol. 1
Smithsonian Folkways Recordings
1996-02-20

 レッドベリーの歌で印象的なのは、一節歌うごとに入る「ホワッ!」という合いの手だ。やや唐突にも聞こえるこの掛け声は、ハンマーをふり下ろす合図になっているのだという。現場の作業では、ソロの歌ではなくて全員がユニゾンで歌いながらハンマーをふるうタイミングを合わせるわけだ。いかにもワークソング的な作法と言える。アリゾナの刑務所に服役していた経験のあるレッドベリーは、実際に農場の労役でこの歌も歌っていたのだろう。

Take this hammer, carry it to the captain
Take this hammer, carry it to the captain
Take this hammer, carry it to the captain
Tell him I'm gone
Tell him I'm gone

If he asks you was I runnin'
If he asks you was I runnin'
If he asks you was I runnin'
Tell him I was flyin'
Tell him I was flyin'

If he asks you was I laughin'
If he asks you was I laughin'
If he asks you was I laughin'
Tell him I was cryin'
Tell him I was cryin'

I don't want no cornbread and molasses
I don't want no cornbread and molasses
I don't want no cornbread and molasses
If I had my pride
If I had my pride

このハンマーを親方に手渡して
このハンマーを親方に手渡して
このハンマーを親方に手渡して
おいらが行っちまったって伝えておくれ
おいらが行っちまったって伝えておくれ

走ってたかって聴かれたら
走ってたかって聴かれたら
走ってたかって聴かれたら
飛んでいったって答えておくれ
飛んでいったって答えておくれ

笑ってたかって聴かれたら
笑ってたかって聴かれたら
笑ってたかって聴かれたら
泣きまくってたって答えておくれ
泣きまくってたって答えておくれ

糖蜜のコーンブレッドなんかいらねえよ
糖蜜のコーンブレッドなんかいらねえよ
糖蜜のコーンブレッドなんかいらねえよ
おいらにもプライドってもんがあるんだ
おいらにもプライドってもんがあるんだ

 くり返しの多い単純な歌詞で、ジョン・ヘンリーへの言及はなくなっている。厳しい肉体労働からの解放が、この歌の主題と言っていい。それは現実ではなくて、あくまでも願望にすぎないけれど。労働からの解放を歌いながら労働に従事するというメタフィクション的な構造が何とも言えない。シンプルながら美しい歌詞だと思う。

 最後のスタンザでは、いきなり現実に戻って提供される食事への不満が語られる。「molasses」は砂糖を生成するときに生まれる副産物で、甘味料として使われていたこともあるそうだ。日本では「廃糖蜜」「糖蜜」と呼ばれる。砂糖から作るシロップよりもランクの落ちる甘味料であることは明らかだ。

 コーンブレッドは「とうもろこしパン」のことで、個人的には好物なのだが、おそらくレッドベリーが食べさせられていたのは、ずっと粗末なものだったのだろう。もっとまともな食事にありつきたいというリアルな思いが伝わってくる。

 この歌もコモンストックで、白人の演奏例もたいへん多い。ブルーグラスの定番曲でもある。オズボーン・ブラザーズのバージョンで聴いてみよう。


 毛色の変わったところでは、スペンサー・デイビス・グループもこの歌を取り上げている。タイトルは「This Hammer」。ピュアなロックンロール・アレンジだ。クレジットではメンバーの共作になっているようだが……。

セカンド・アルバム+8(紙ジャケット仕様)
スペンサー・デイヴィス・グループ
ユニバーサル ミュージック
2016-10-26

 こちらはハリー・マンクスの2003年のパフォーマンス。

Road Ragas-Harry Manx Live
Manx, Harry
Dog My Cat Records
2005-05-24

 このほかにも、デルモア・ブラザーズ、フラット&スクラッグス、ブラザーズ・フォー、ジョニー・キャッシュ、キャット・スティーブンスなど、白人ミュージシャンの演奏例が多いのは、曲の内容を考えると注目に値する。

 そんなこんなで、ブロードサイド・バラッドの話はこれで一段落。ワークソングやプリズン・ソングについては、そのうちにまた取り上げたいと思っている。