物見高いは江戸の常。鉄道事故や海難事故、天災地変のような事象も、殺人事件と同じようにワイドショーの恰好の素材と言える。海の向こうのバラッドでも事情は変わらないようで、こうした災厄を扱った歌は数多い。

 代表的な例の1つに「Wreck of the Old 97(97年型の大破)」という蒸気機関車の脱線事故の歌がある。ルーツ系の音楽で初のミリオン・セラーを記録したと言われる曲だ。

 現実の事故は、1903年9月27日に、バージニア州ダンビル近郊のスティルハウス構脚橋(トレスル)で起こった。バージニア州モンローからノースキャロライナ州スペンサーに向けて走行中のサザン・レイルウェイの郵便列車「Fast Mail」1102便が、スピードの出しすぎで脱線して橋から落下。乗務員11名が死亡、7名が負傷したという。
WreckOfOld97
 「Wreck of the Old 97」は、この事故の顛末を詳細に語った歌だ。事故の原因となった無茶な運行命令に始まり、機関車が旧式であったこと、制限速度を上回る時速90マイルで下り坂を突進したことなど、脱線事故に至るまでの経緯がドラマチックに語られている。

 歌詞を以下に掲載する。

They give him his orders at Monroe, Virginia
Sayin', "Steve, you're way behind time
This is not 38, but it's Old 97
You must put her in Spencer on time."

Then he look around and said to his black, greasy fireman
"Just shovel on a little more coal
And when we cross that White Oak Mountain
You can watch Old 97 roll."

It's a mighty rough road from Lynchburg to Danville
In a line on a three-mile grade
It was on that grade that he lost his airbrakes
Oh, you see what a jump he made

He was goin' down grade making 90 miles an hour
When his whistle broke into a scream
He was found in the wreck with his hand on the throttle
And was scalded to death by the steam

Now ladies, you must take warning
From this time on and learn
Never speak harsh words to your true love or husband
He may leave you and never return

 そして参考までの拙訳。

バージニア州モンローで奴らは命じる
「スティーブ、キミたちは遅れている
時速38マイルでは間に合わない こいつは旧式の97年型ではあるけれど
時間どおりにスペンサーに着かなくてはならんぞ」

だからあいつはあたりを見回し 黒くて脂ぎった釜焚きに言った
「もうちょっとだけ石炭をくべるんだ
そうすりゃ ホワイト・オーク・マウンテンを渡るとき
Old 97が疾走するのを見られるぜ」

リンチバーグからダンビルまでの険しい道のり
3マイルの勾配の線路にさしかかると
そこでエアブレーキが効かなくなった
おぉ、なんてすごいジャンプになることか

あいつは時速90マイルで下り坂に突っ込んだ
汽笛が悲鳴を上げて吹っ飛んだ
あいつは残骸の中でスロットルに手をかけたまま発見された
蒸気に焼かれて死んでいた

さあ ご婦人方 気をつけなきゃいけないよ
この出来事から学ばなきゃ
あんたの恋人や夫にきついことを言うもんじゃない
あんたを残したまま二度と戻らなくなるかもしれないんだから

 唯一名前の出てくるスティーブという人物は、97年型を運転していた機関士のスティーブ・ブローディその人。相棒役の「黒くて脂ぎった釜焚き」は、A.C. クラップのことだと思われる(もう一人、見習のジョン・ホッジという釜焚きも乗りこんでいた)。

 「three-mile grade」は坂の勾配を表わす用語のような気もするが、このあたりの事情に明るくないため、そのまま直訳しておいた。お許しを。

 それにしても最後の教訓は何なのだろうね? 旦那にハッパをかけすぎると無理して死んじゃうよってこと? 学ぶべきところはそこじゃないでしょうに……^^;

 歌の作者については諸説あるようだ。最初の商業レコーディングは、バージニアのG.B.グレイソンとヘンリー・ウィッターによる1923年のOKehレコード盤だそうで、この2人が作者とされることもあるが、実際には事故からそう遠くない時期に、別の作者によって作られた歌である可能性が高い。そのほうが自然だろうと私も思う。Wikipedeaでは「Written Unknown/Songwriter(s) G. B. Grayson, Henry Whitter」と併記してあった(どっちなの?)。

 よく知られているのは、テキサス出身の歌手、バーノン・ダルハートが1924年に録音したビクター盤(B面は「The Prisoner's Song」)で、これが100万枚を超える大ヒットとなった(33年の時点で500万枚超)。

1981-Country Music Hall of Fame
Dalhart, Vernon
King
1999-11-16


 一方、ダルハート版の1年前に発売されたヘンリー・ウィッターのOKeh盤はこちら。

 驚いたことに、アレンジがたいへんよく似ている。とくにハーモニカのイントロはそっくりだ。ビクター盤でハーモニカを吹いているのはダルハート本人だそうだが、前年のOKeh盤を意識しているのは明らかだろう。一方、歌唱スタイルははっきり異なっていて、いかにも田舎のオールドタイマーといった風情のウィッターに比べて、ダルハートのほうは都会的な美声を披露している。このあたりがヒットの秘密だったのかもしれない。

 このアレンジは論議の的にはならなかったものの、火の手は別の方面から上がった。「Wreck of the Old 97」の作者を巡って、1927年に版元のビクター・トーキング・マシン社が著作権侵害の訴訟を起こされたのだ。訴えたのはデビッド・グレイブス・ジョージという人物で、現場にたまたま居合わせて事故を目撃し、そのあとで自分が歌にしたと主張した。

 この歌の作者については、調べれば調べるほどこんがらがってくる。まずメロディに関しては、「The Ship That Never Returned」という古い歌(1865年に作られたとされている)の使いまわしだということでほぼ決まり。問題は歌詞のほうで、事故を目撃した直後に書いたと主張する人が、デビッド・ジョージ以外にももう一組いる。フレッド・ジャクソン・リューイとチャールズ・ウェストン・ノエルのコンビだ。ノエルは事故で死亡した前述のA.C.クラップのいとこで、リューイは事故処理の現場に居合わせた目撃者の一人だったという。一方、こうした原詞を書き直して現在の形にまとめたのが自分たちだとするのがG.B.グレイソンとヘンリー・ウィッター。ダルハートが歌ったのはこのウィッター版ということになる。

 こうした混乱こそが、ブロードサイド・バラッドの実態を示していると言えるかもしれない。事件が起これば誰でも歌を書くことはできる。メロディは古い歌の使いまわしでいい。複数の歌が同時に生まれてもおかしくないし、それを元にあとで改作をする者だって現われる。著作権の意識がまだ希薄だった頃でもある。誰もが自分の作った歌だと主張した。

 ともあれ1933年の判決では、デビッド・ジョージが歌の作者であることが認められ、ビクター・トーキング・マシン社が65,000ドルを支払うことになった。ビクターはその後も上告をくり返し、最終的には歌の所有権を取り戻すことに成功したようだ。

 細かい法律の話は置いておくとして、「Wreck of the Old 97」がメロディを借りたと言われる「The Ship That Never Returned」を聴いてみたい。歌っているのはフォーク・リバイバルの時代に活躍し、いまでも現役のトム・ラッシュだ。
 
 こちらは海難事故を歌ったバラッドのようだが、事件の経緯はほとんど語られていないので、元となった事件を特定することは難しそうだ。サウンド的にはだいぶ現代に近づいている印象ではあるけれど、メロディラインが共通であることは明白だろう。

 話のついでに、この歌を元に1949年に作られた「M.T.A」という市長選挙のキャンペーン・ソングをキングストン・トリオで。バラッドが形を変えて生き残る良い例と言える。

Kingston Trio at Large: Here We Go Again
Kingston Trio
Collector's Choice
2001-11-06


 ここで「Wreck of the Old 97」に戻って、カバーの例を2つほど。1つはフラット&スクラッグスのブルーグラス・バージョンだ。

Hard Travelin / Final Fling
Flatt & Scruggs
Collectables
2000-11-14


 最後はスキッフルのロニー・ドネガンのバージョン。ノリノリのロックンロールになっているではないか!

Best Collection Lonnie Donegan
Vintage Experience
2020-09-02