ギブソンのエントリー・モデルに当たる廉価なマンドリンといえば、古くはA-Jr、A-0、A-00あたり。時代が下るとfホールのA-50、A-40の名前も浮かぶが、それよりもさらにランクが下と思われるチープなモデルがある。それがArmy & Navy Specialだ。

 ずいぶん前からこのモデルについて調べているのだが、なかなかよい資料が見つからない。ジョージ・グルーンの本を見ても、1918年から22年にかけて生産されていたとは書いてあるものの、材質も不明である。あとは同じボディ・シェープで、装飾の付いたアルティアというモデルが1917年に作られていたことがわかるくらいだ。

 何を隠そう、私が最初に手に入れたギブソンのマンドリンは、このアーミー&ネイビー・スペシャルだった。購入したのはロサンゼルス近郊のノーマンズ・レア・ギターという店だ。アメリカンな弦楽器のファンなら知らない人がいないような有名なお店である。
ビンテージ・ギターをビジネスにした男 ノーマン・ハリス自伝
ノーマン ハリス
リットーミュージック
2017-07-27

 ほんとうはオーバル・ホールのAタイプのマンドリンがほしかったのだけれど、お店にはアーミー&ネイビーが1本飾られているだけだった。店主のノーマン・ハリス氏に話を聴くと、「倉庫にはあるから持ってくることはできる。買うと約束するのなら持ってくるけど」と返された。弾いてみて気に入ったら買うつもりではあるけれど、約束はできかねる。結局、Aタイプはあきらめることにした(その後バークレーのフィフス・ストリングという店に寄ったらフツーにあった)。

 そんなわけで、代わりに手にとることになったのが、得体のしれないアーミー&ネイビーだった。こんな楽器見たことないぞ。ラベルにはたしかにギブソンと書いてあるけれど……。古そうな楽器ではあるみたいだな。

 実際に試奏してみる。とりあえずマンドリンの音はする。チープな見た目だけれど、楽器としての作りはそんなに悪くない。ふ~む……。

 しばらく思案していたら、ハリスさんが「タックスを無料にしてもいいよ」と言い出した。要するに値引きである。それで交渉成立。いくらで買ったかは忘れたけれど、そんなに高くはなかったと思う。「ケースがないから、ラップ・スティールのケースを付けるね」と四角いケースもおまけにもらった。

 さて、前置きが長くなってしまったが、これがそのときのマンドリンだ。
ArmyNavy

 トップの板の材質はわからない。よくあるスプルース系の材とはまったく木目の印象が異なる。完全なフラットトップで、削り出しのアーチはない。ボディ・シェープはAタイプよりも小さいパンケーキ型。バインディングも含め、装飾はいっさいなし。サウンドホールはオーバル(楕円)ではなくてラウンドホール。ペグヘッドは当時のスタンダードのパドル型。ヘッドにギブソンのロゴはない。内部に丸いラベルが貼られていて、「GIBSON MANDOLIN-GUITAR CO. Army & Navy Special Style, DY Kalamazoo Mich. U.S.A.」と書いてある。モデル名はアーミー&ネイビー・スペシャルなのか? それとも「スタイルDY」が正式な名称なのか?
clamp
 ベッコウ柄のピックガードはクランプで留めるボディから浮き上がったタイプ(エレベーテッド・ピックガード)で、ここだけは上位モデルと遜色がない。ブリッジはブラジリアン・ローズウッドだろうか?
ArmyNavyb
 バック側も装飾のないプレーンな作り。細めのネックはマホガニーだと思う。
ArmyNavyback
 バック&サイドの材はバーチだろうか? 全体にランダムな杢も見える意外ときれいな材だ。バックもフラットでアーチはない。

 さて、肝心なサウンドだが、ギブソンらしい音は全然しない。よく言えば枯れたトーン。悪く言えばチープなトーンだが、深みはないなりに、なかなか面白い音がする。ブルースやジャグバンド、ひなびたオールドタイムなどには向いているのではないか。

 実際の使用例は、ほとんど思い当たらない。キャシー・フィンク&マーシー・マークサーが来日公演で使っていたような記憶もあるのだが、正直自信がない。ネットでは確認できなかった。

Meet the Instruments: Things With Strings [DVD] [Import]
Marxer, Marcy
Community Music
2010-03-16

 ブルースやジャグバンドのプレイヤーは、むしろハーモニーやケイのマンドリンを好んでいるような印象がある。どちらも安価な楽器を大衆向けに販売したアメリカの量産メーカーで、高級品とは言い難いものの、なかなか魅力的なマンドリンを作っていた。

 ハーモニーなら、スクロールのとれたF-5のようなデザインのモデルが抜群にかっこいい。ピックガードのシェープがコウモリの翼に似ているということで、「バット・ウィング」の愛称で知られるマンドリンだ。ブルース・マンドリンのヤンク・レイチェルや、リンディスファーンのレイ・ジャクソンが愛用していたのは、ピックアップの付いたエレクトリック・タイプだった。
MandolinBlues

 ヤンク・レイチェルのハーモニー製マンドリンをフィーチャーしたブルース・マンドリン教則本の表紙。ディアルモンド製らしいピックアップが見える。fホールのデザインもユニークだ。

マンドリン・ブルース
ヤンク・レイチェルズ・テネシー・ジャグバスターズ
Pヴァイン・レコード
2014-03-12

 ヤンク・レイチェルは、スリーピー・ジョン・エステスとのコンビでも活躍したブルースマンで、ライ・クーダーのブルース・マンドリンのお手本でもあった。

レット・イット・ブリード(50周年記念1CDエディション)(通常盤)
ザ・ローリング・ストーンズ
Universal Music =music=
2019-11-22

ローリング・ストーンズの「Love In Vain」でのライのプレイなどは、典型的なヤンク・レイチェル・スタイルと言っていい。


Best of
Lindisfarne
EMI Import
2005-08-16

 リンディスファーン「No Time To Loose」のマンドリン・プレイ。レイ・ジャクソンに加えて、エレクトリック・ギターのサイモン・カウもマンドリンを弾くツイン・マンドリンのアレンジだ。ベースのロッド・クレメンツも最後はフィドルに持ち替えて……。


 ケイもユニークなデザインの2ポイントのマンドリンを生産していた。やはりピックアップ付きのモデルと、そうでないモデルとがある。残念ながら試奏したことはない。横浜ジャグフェスあたりでよく見かけるような気もするが。