ゴート・ロデオの新譜を聴き、ストレングス・イン・ナンバーズからの流れについて考えだしたら、関連のありそうなアルバムをまとめて聴いてみたくなった。そして何枚か聴いてみて、キーパーソンとなっているのはベーシストのエドガー・マイヤーではないかという気がしてきた。

 この人がいるといないとでは、アルバムの空気感が露骨に異なる。ベーシストとしてはもちろん、現代音楽の作曲家としても評価が高いだけに、バンドのメンバーやスタッフからも頼りにされているのだろう。とにかくその存在感は圧倒的だ。

 そんなわけで、エドガー・マイヤーがらみのアルバムをいくつかピックアップしてみた。

『TELLURIDE SESSIONS』(MCA 1989)

Telluride Sessions
Strength in Numbers
Uni/Mca
1989-05-15

 サム・ブッシュ(マンドリン)、ジェリー・ダグラス(ドブロ)、ベラ・フレック(バンジョー)、エドガー・マイヤー(ベース)、マーク・オコーナー(バイオリン)--と当時考えられる最高峰のプレイヤーを集めたスーパー・ユニット、ストレングス・イン・ナンバーズのスタジオ・アルバム。エドガー・マイヤーはエレクトリック・ベースを弾いているように聴こえる。エレベもこんなに弾けるのね。それともウッベでサウンドを加工しているのか?

 全曲オリジナルのインスト・アルバム。どの曲もメンバー2人の連名による共作になっているのだが、その組み合わせがすべて異なっている! 5人の中から2人を選ぶ組み合わせの数は5×4÷2=10で10通り。全10曲でこのすべての組み合わせが1つも欠けることなく出てくる。言い方を変えると、各メンバーがほかの4人のメンバーと漏れることなく1曲ずつ共作している。リーグ戦総当たり方式とでも言おうか。偶然そうなることはまず考えられないので、おそらく意図した結果だろう。これほど完璧な平等主義が貫かれたバンドがほかにあっただろうか?

 このコンセプトのおかげかどうかは不明だが、強烈な個性が全体を引っ張るという感じではなく、おとなしくまとまっている印象も受ける。せっかくこんなすごいメンバーが集まったんだから、もっとはっちゃけてくれてもよかったのに。フェスのステージのような、ジャムっぽいスタイルにはしたくなかったのだろうか? そこはかとなく漂う現代音楽的な志向が、当時としては斬新……というか、「このメンバーでこの音楽?」とやや違和感を覚えた記憶もある。

『SKIP, HOP & WOBBLE』(Sugar Hill 1993)


 ほかのアルバムとは明らかに毛色が違う。レーベルもシュガー・ヒルだし。『APPALACHIA WALTZ』以前のアルバムだったというのも、案外大きいかもしれない。ジェリー・ダグラス(ドブロ)、ラス・バレンバーグ(ギター)、エドガー・マイヤー(ベース)のトリオ。マイヤー以外にクラシック系のプレイヤーは入っていない。

 弦楽アンサンブルというよりは、ストリングバンド・ミュージックの発展形。ジェリー・ダグラスもラス・バレンバーグも、水を得た魚のようなはつらつとしたプレイを聴かせてくれる。ベースのグルーブ感もすばらしい。「Big Sociota」「Monkey Bay」の2曲で、ゲストのサム・ブッシュがマンドリンを弾いている。ベラ・フレックとマーク・オコーナーのいないストレングス・イン・ナンバーズか?

『APPLACHIA WALTZ』(1996 Sony Classical)

Appalachia Waltz ((Remastered))
Sony Classical
2016-04-26

 チェロのヨーヨー・マを迎えてのクラシックとルーツ・ミュージックのコラボレーション--と言いたいところだが、マーク・オコーナー(バイオリン)とエドガー・マイヤー(ベース)もクラシックの側にかなり重心を置いている。このため同じトリオでも、上記の『SKIP, HOP & WOBBLE』とは、まったく趣が異なる。

 オリジナル曲は、エドガー・マイヤーとマーク・オコーナーがほぼ半々ずつ。トラッド曲も何曲か取り上げている。フィドル・チューンの「Chief Sitting In The Rain」や「College Hornpipe(Sailor's Hornpipe)」がバロックの室内楽のようなアレンジになっていたり、アイリッシュ・トラッドの「The Green Grass Of Erin」の前にマイヤーの書いた前奏曲が置かれていたり(曲の半ば過ぎまで前奏曲!)など、クラシックのマーケット(現代音楽ではなくて)を意識した作りになっていることは明らかだ。ジャズ風の曲などもあるけれど……。

 オリジナル曲ではオコーナーのマンドリン・プレイが美しい「Butterfly's Day Out」が個人的なベスト。このアルバムのヒットが、その後に与えた影響はやはり大きいだろう。

『SHORT TRIP HOME』(Sony Classical 1999)

Short Trip Home
Meyers
Sony
1999-10-01

 今回聴き直して、ガラリと印象が変わったのがこのアルバム。

 CDの宣伝文句には「Original new music from basist/composer Edgar Meyer (Appalachia Wattz) with virtuoso violinist Joshua Bell (The Red Violin)」とあって、『APPALACHIA WALTZ』の二番煎じ的な印象を持ってしまっていたのだが、こういう予断がクセモノで、ゴート・ロデオへと至る文脈の中であらためて聴くことで、個性的かつ意欲的な作品であると思い直すことができた。

 アルバムの表記では上記の2人がメインで、サム・ブッシュとマイク・マーシャルはサポート・メンバー扱い(クラシック界のヒエラルキーではこうなっちゃうのかね?)。マルチ・プレイヤーの2人だが、サム・ブッシュは主にマンドリン、マイク・マーシャルは主にギターを弾いている。弦楽四重奏的な編成というよりはストリングバンド的な編成と言っていい。

 作曲は全編エドガー・マイヤー。マイク・マーシャルとの連名が1曲、ジョシュア・ベル以外の3人の連名になっている曲も1曲あるが、おそらくマイヤーが書いた曲をベースにジャム・セッション的に発展させたのではないかと思う。

 まったく立ち位置が揺らがないヨーヨー・マとは異なり、ジョシュア・ベルはかなり積極的にルーツ寄りのアプローチを見せている。こんなにフィドル的な演奏もできる人なんだ! ダロル・アンガーよりもむしろこちら寄りなくらい。スチュアート・ダンカンと比べてどうかというレベル……とまでは書きすぎか?

 タイトルが物騒な「Daeth By Tripple Fiddle」は、読んで字のごとくのトリプル・フィドルの曲。オールドタイムのフィドル・チューンを意識した演奏で、もちろんジョシュア・ベルもしっかりオールドタイマーと化している。

 とはいえ全曲こういう感じなわけでもなくて、バイオリンとコントラバスの二重奏のコンチェルトがアルバムのほぼ半分を占めるのはクラシック・ファンへの配慮か。トラック5「The Prequel」と、トラック10~13の「Meyer(E)」第1楽章~第4楽章。どちらもコンテンポラリーな演奏で、なかなか聴かせる。

『APPALACHIAN JOURNEY』(Sony Classical 2000)

APPALACHIAN JOURNEY
MA, YO-YO
SONYC
2012-09-21

 こちらは本家トリオの2作め。全編インスト曲だった前作とは異なり、ジェームズ・テイラーとアリソン・クラウスをゲストに加えたフォスターの歌も2曲取り上げている。

 伝統的フィドル・チューンの「Limerock」「Fisher's Hornpipe」は、やはり室内楽的なアレンジ。一方、エドガー・マイヤーの書いた曲は、よりコンテンポラリーでいちばん聴きごたえがある。こうした曲での息の合ったインタープレイは圧巻だ。

『GOAT RODEO SESSIONS』(Sony Masterworks 2011)

Goat Rodeo Sessions
Ma, Yo-Yo
Masterworks
2011-10-28

 『APPALACHIAN JOURNEY』から11年。エドガー・マイヤーがヨーヨー・マと組んだ新たなプロジェクトには、クリス・シーリー(マンドリン)とスチュアート・ダンカン(フィドル)が加わった。楽器のクレジットがバイオリンではなくてフィドル表記になっているあたりが、意外と重要なポイントかもしれない。パーカッシブなシーリーのマンドリン・カッティング、エモーショナルなダンカンのフィドルが、新たな世界をもたらす。このみずみずしい弦の響きはどうだ! マイヤーがストレングス・イン・ナンバーズで目指していたのは、実はこんなサウンドだったのではないか。